2025/12/21 20:30
当時27歳。
結婚して、子どもが生まれたばかりの頃の話です。
経験もないのにどうしてもグラフィックデザイナーになりたくて、諦めきれずにいました。
印刷会社への転職を決め、試験を受けて合格。
身よりも何もない福島から埼玉へ。
今考えても、妻はよくついてきてくれたなと思います。
入社が決まったときは「これでやっとデザイナーへの道に近づける」そんなふうに、少しだけ胸が高鳴っていました。
背中を強く押してくれたのが、テレビ番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」。
中でも有名な広告代理店でデザイナーとして働いたあとに起業された佐藤可士和さんの回は、今でもはっきり覚えています。
「デザインで、人の行動や価値観を変えていく」
その姿に、心を撃ち抜かれたような感覚でした。憧れそのものでした。
仕事の流儀の主題歌スガシカオの「Progress」。
今聴いても、当時の想いが一気に蘇ります。
自分が物語の主役で、前に進んでいいんだと感じさせてくれる曲。
背中をそっと、でも確実に押してくれる一曲でした。
でも、現実は甘くなかった。
入社した印刷会社は、今思えばブラック企業そのもの。
午前中に会社へ出社して、午前中に帰宅する。
徹夜も日常茶飯事。
体も心も、常に張りつめた状態でした。
ある日妻に泣きながら「今すぐ会社を辞めてほしい」と言われたこともあります。
その言葉を聞いたとき、胸の奥がぎゅっと締めつけられました。
守るべき家族がいるのに自分は何をしているんだろう。
デザイナーとしての実力も足りず仕事はうまくいかない。
自信は削られ情けなさばかりが積み重なっていく。
挫折しか感じない日々。
何をしていても楽しくない。楽しめない。
心は少しずつ、確実に病んでいきました。
辞めること自体は簡単だけど、その先が見えなかった。
次に何ができるのか。他の仕事に就ける自信もない。
そもそも、やりたい仕事も勤めたいと思う会社もない。
今振り返るとその頃から僕は「企業で働く」ということ自体がどうしても合わなかったんだと思います。
それでも、生活がある。
家族がいる。
簡単には投げ出せませんでした。
だから、ただ耐えるしかありませんでした。
そして、革製品に出会いました。
一番きつい時期をなんとか乗り越えた先での出会い。
最初はスプーンいっぱいにも満たないくらいのほんのちょっとの興味でした。
でも手を動かし、素材と向き合い少しずつ形になっていく感覚はパソコンに向かう仕事とはまったく違う、今まで味わったことのないものでした。
評価されるためでも、会社のためでもない。
自分の手で自分の意思でものを作る。
その時間が少しずつ心を救ってくれました。
気づけば広告のデザインとは違う形ではあるけれど「ものづくり」を仕事にする道を歩いていました。
遠回りでも、無駄じゃなかった。
27歳のあの頃の自分にもし声をかけられるなら、こう言いたいです。
「しんどいけど、その経験は無駄にならない」
ブラックな環境も、うまくいかなかった日々も、泣いてくれた妻の言葉も、すべてが今の自分につながっています。
夢は思い通りの形で叶うとは限りません。
でも諦めきれなかった気持ちは、ちゃんと別の形で道をつくってくれる。
もし今仕事や生き方で悩んでいる人がいたら。
すぐに答えが出なくてもいい。
立ち止まっても、遠回りしてもいい。
少しずつでいいから前に進んでいけば、いつか振り返ったときに「ここまで来たんだな」と思える日がきっと来ます。
これはぜんぜん特別な成功談じゃありません。
少し前にようやくスタートしたばかりの、夢を諦めきれず前にも進めなかったアラフィフのおっさんの話。
こんな恥ずかしい挫折の話、正直書きたくないし、自分で読んでも泣きそうになる。
それでも誰かの心が少し軽くなったなら、この話を書いた意味は、きっとあるんだと思っています。


